第20回で描かれた松永久秀の信貴山城
生駒郡平群町、信貴山の山上にある古刹・朝護孫子寺と松永久秀の信貴山城跡。「豊臣兄弟!」第20回で描かれた久秀の統治・滅亡の舞台となった、実在の史跡ゆかりの地。
大河ドラマ「豊臣兄弟!」第20回、松永久秀が大和の統治者として力を振るい、そして滅んでいく場面の背景にあるのが、生駒郡平群町の信貴山だ。久秀は天正5年(1577年)8月に織田信長へ反旗を翻し、この信貴山城に籠城した。信長方は9月29日に攻撃軍を出撃させ、10月3日には城下を焼き払い、9日には城が炎上。10日、織田信忠らの軍が本城を包囲すると、久秀は天守を自ら焼いて自害したと伝わる。以後、信貴山城は二度と使われることはなかった。廃城である。久秀が名器「平蜘蛛の茶釜」を渡すことを拒んで爆死したという俗説が広く語られるが、史料に基づけば天守を自焼して自害したというのが実際の経緯に近い。戦国時代を代表する下剋上の武将として久秀の名は広く知られ、信貴山はその生涯の締めくくりの地になった。
山上には、聖徳太子の創建伝説を持つ古刹・朝護孫子寺が今も広がる。境内に置かれた巨大な張り子の虎は、寅年生まれの聖徳太子と毘沙門天の縁を伝える名物だ。久秀が拠点とした城の跡は、この寺院の背後の山中に遺構がわずかに残る程度で、整備された観光地ではない。
実際のロケ撮影はスタジオや東日本が中心で、信貴山そのものが撮影地になったわけではない。あくまで久秀の統治と最期が実際に刻まれた土地としての「ゆかりの地」であり、その距離感を踏まえて訪れたい。朝護孫子寺の境内は参拝客でにぎわう現役の寺院であり、社殿では通常の参拝マナーを守ること。城跡部分を見るには山道を進む体力と、事前の歴史知識の両方が要る。
アクセス: 近鉄「信貴山下駅」からバスで約10分、「信貴大橋」下車徒歩約10分。車での訪問が現実的。