東京の扉が開く街
物語終盤、東京の地下深くで扉が開きかける重要なエピソードの舞台。聖橋から見下ろす中央線・総武線・丸ノ内線の三層構造が、作中の「下」へと続くイメージと重なる。
聖橋の中央に立って神田川を見下ろすと、中央線、総武線、丸ノ内線の3路線が入れ替わり通過していく瞬間に出会える。鉄道ファンの間では以前から名所として知られる撮影ポイントだが、『すずめの戸締まり』のファンにとっては、東京に「扉が開く」街として描かれるあの景観そのものだ。JR・東京メトロ「御茶ノ水駅」から徒歩3分、神田川に架かるこの橋は、都心にいることを忘れるほど深く切れ込んだ谷のような地形の上に架かっている。 聖橋が完成したのは1927年、建築家・山田守と成瀬勝武の設計による。橋の名前は公募で決まったもので、北側の湯島聖堂と南側のニコライ堂、二つの「聖堂」を結ぶ橋という発想から選ばれたと伝わる。橋の両岸には名前の由来になった湯島聖堂とニコライ堂が今も建ち、聖橋という名前の意味を体感しながら歩ける区間になっている。作中で描かれる神田川越しの三線交差の景観は、この地形の高低差と鉄道網が重なり合ってこそ生まれる、御茶ノ水ならではの眺めだ。物語終盤、東京の地下深くで扉が開きかけるという展開を思えば、聖橋から見下ろす谷のような地形そのものが、地下へ通じるイメージと自然に重なってくる。 橋上は車道と歩道が分かれ、歩道の幅は狭く通行量も多い。欄干越しに撮影する際は端に寄り、手すりから身を乗り出さないこと。橋は南北どちらに渡っても駅が近く、御茶ノ水駅周辺の他のロケ地と合わせて回りやすい。湯島聖堂とニコライ堂、双方の建物を実際に見比べながら橋を渡ると、聖橋という名前が単なる橋の名前ではないことがよくわかるはずだ。 1927年という完成年を思うと、関東大震災からの復興のただ中に架けられた橋だということにも気づかされる。震災で失われた街を立て直す過程で生まれた橋が、令和の映画の中で新しい「扉」の物語の背景として使われているのは、100年近い時を隔てた重なりともいえる。御茶ノ水という地名自体、この付近の神田川の水が将軍への献上茶に使われたという伝承に由来するとも言われ、橋の名前だけでなく地名にも土地の歴史が刻み込まれている。
アクセス: JR 中央線・総武線「御茶ノ水駅」聖橋口すぐ